1
/ prologue
嘆き、苦しみ貫いた結果がこれだ。腕に抱いた少女の身は数分前よりも重さを持っている。
名も無き少女の肩を揺すり、優しく、包み込むように抱き上げた。
瓦礫だらけの床は歩くたびに音がする。砂利を踏んだ音、建物の破片を踏み砕いた音。それらは音楽の如く、短く悲しい響きを持っている。
部屋の中央、光が唯一当たるその場所は台座だ。
少女の冷たくなっていく体を台座に寝かせる。光が少女を包み込む。
そして、少女の体は光が収束すると共に消えた。
少女の体が消え、残った台座を撫でる。
―――冷たい。少女の温もりは無く、それが当たり前だという事も分かっている。少女は自分の為に死んでしまったのだから。
「誓おう。この身が滅びる前に、君を探し出し、伝えよう。俺の思いを」
青年の言葉は狭い部屋の中でさえ響くことは無く、青年の姿もまた、台座の光を浴びて消えた。
2 / the girl’s memory
夢を見ると、決まって同じ光景が広がる。
とても寒いその場所は狭く、部屋の中央には唯一光が入る場所、そこに高さ一メートルほどの台座がある。
体が動かない理由はなんとなく分かる。腹部を染める赤いものは血だと思うから、私は、夢の中で死んでしまっているのだろう。
いや、死のうとしているのかも知れない。分からないのはそれが夢だから、それが私かどうか分からないから。
寒い、夢なのにその寒さは現実のように私の体を冷やしていく。
そこで、私はあの暖かさに触れる。
優しく私の体を抱き抱えて、体の硬さが男性だと教えてくれる。
何も言わない、だけど、優しさが伝わってくる気がする。
私の体を抱き上げると、その人は台座の方へと向かって歩いていく。狭い部屋だから、台座までは数歩の距離だ。
私を包み込んでくれた暖かさが消えた。私の体は台座へと寝かされて、違う温かさを体が感じる。
日の光、太陽がくれるその暖かさが優しく私の体を包み込んだ。
そして、夢は終わる。最後、耳に聞こえるのは青年の声なのか、それも分からない。
Quiet talk / start
過去、世界を天使が支配する世界があった。
人が支配と呼ばれる安息を持つ世界。
ある、一人の天使はなんの気まぐれか人の少女を拾った。
戦孤児である幼い少女は、彼の翼を持って笑みを浮かべ口を開いた。
「…羽、綺麗」
悪意の無い笑みを見て、天使も笑みを浮かべた。
それから、天使は少女と十年に近い時を一緒に暮らした。
だけど、人には長いその時間を、天使には短いその時間の間。天使は少女を名前で呼ぶことは無かった。
少女に名前が無かったことと、天使は名前をつけることなど考えもしなかったから。
そしてある日、悲しき出来事が起きた。
人と天使との共存などありえることではない、人は支配される存在で、天使とは君臨する存在であるという考え。
天使と少女は町を追われた。
行く先々で天使は恐怖の瞳で見られ、同じ人でありながら人は少女を迫害した。
人も分かっていたからだ、天使とは君臨する存在であり、我々は支配される存在であることを。そして、支配により齎されている安息を。
だから、笑顔で天使と話す少女を見てその関係が崩れてしまうことを恐れた。支配されているという恐怖が齎している安息、もし、人が天使に対してなにかを起こしてしまえば、その安息が終わってしまうから。
天使が寝静まり、少女も寝静まった頃に人は動いた。
人は少女を連れ去った。
人は町の人間であり、また、天使を崇める者達であった。
人は少女をある場所へと連れて向かっていた。古き時代に天使が残したとされる聖域に、その場所はあった。
古き人が残した言い伝えによれば、そこは天使へと貢物を納める場所。
崩れた神殿内部は暗く、道は一つだけ。暗闇が少女に恐怖を与える。
少女の腕を掴んだ人は一言も喋らない、それも少女の恐怖を駆り立てた。一分、その短い時間暗闇を歩き、光が見えた。
狭い通路を抜けて、光がある狭い部屋へと出た。
部屋の中央には光があった。
突如、少女の体が地面へと投げ出された。瓦礫の上へと倒れ、軽い痛みを少女は感じて、身を小さく硬くした。
少女を見つめる人の手には黒く、錆さえ見せる鉄の塊が握られていた。
天使は少女を探していた。少女を心から心配していた。少女が笑顔を向けてくれるたび、天使も笑顔で少女に答えた。
そして、耳に聞こえたのは火薬が爆発する音。
遠くまで空気を切り裂くその音に、天使は身を硬くし、音がした方へと体を向けて背の翼を動かした。
足は完全に地面から離れている、天使は翼を使い飛んだ。空にではなく、低空で速度を増して飛ぶ。
天使はその場所を知っていた、過去、死した人々が輪廻の輪に身を置くための場所。天使が与えた転生をいう輪だ。
人が神殿から飛び出してきた、闇に紛れるように暗がりへと走り、茂みの中へと消えた。
遠く、離れていく草の音を最後に聞き、天使は暗く無音の神殿へと入っていく。
狭い通路では翼を使えない、地面を自らの足で走りぬける。
狭い通路は短く、前方に見えた光が通路の終わりを告げていた。
通路を抜けた先に、狭い部屋があった。
そこに少女の姿はあった。
ほっとした、町を追われてから嘆き、苦しんだ。
だけど、その少女が居ればよかった。少女が笑顔を向けてくれるだけで天使は満足だった。
走りを止め、天使は歩みにより少女へと近寄り……頬を一滴の涙が伝った。
3 / reopen
あれからどれだけの時間が過ぎたのか。
天使の青年は光の中で時を過ごした、それは輪廻の輪の核となる光。
億を超える人や天使の思念、魂が光を通り輪廻の輪へと組み込まれ、そして新たな命として転生をする。
人は人へと、天使は天使へと、時に天使は人へ、人は天使へ。
時が過ぎた今、天使と人とは共存の関係にある。支配による安息はなくなったが、今度は互いに協力し安息を手にしている。
天使の青年は、光から出ることにした。
今の世では自分達と同じ天使と人が溢れている。
少女を待つには長すぎた、天使は笑顔を求めていた。安らぎを与えてくれる笑顔を、自分に笑顔を教えてくれた笑顔を。
瞼を閉じて、闇の中に少女の笑顔が浮かんだ。今でも忘れることの無い、磨耗することの無い少女の笑顔の記憶。
閉じていた瞼を開く、そこには一つの光があった。
核の中でなおその光は輝きを強め、そして天使の青年に寄り添うように。
天使の青年はそれを、数にして億を超えるほど見てきた。輪に組み込まれる魂と呼ばれる光だ。
光は青年を中心として数度回り、顔の正面で止まった。
天使の青年が見るのは魂の光、輪へと組み込まれずに核へとその光は入ってきた。
そして、青年はその光にあの笑顔を重ねた。
悟る時だった。
天使の青年が見ていたのは少女の笑顔ではない、笑顔の中にある輝きだった。天使とは魂の輝きを見る者達だ、赤や黄色や青、数多くある色の中にあって何色にも順応し、そして他の色を目立たせる役目を持つそれは白。
そうだ、覚えている。戦孤児であった少女が見せた笑顔、その中にあったのは光輝く白い光だった事を。
天使は少女の笑顔の中の白光を見て、その白光に恋をした。
伸ばした手が白光放つ魂へと触れた、懐かしい暖かさを感じる、無意識に少女の笑顔を思い浮かべ、その中に見ていた魂の光を思い出す。
懐かしい、全てが懐かしい。
頬を伝った涙の雫が光の中へと消える、魂を抱き寄せてその温もりを逃がさぬ様に浅く抱く。
これは過去のお話、おとぎ話と呼ばれる類の物。
全ての物語がハッピーエンドへと繋がるように、これもまたハッピーエンドで終わりを告げる物語。
END
Epilogue
目覚めた少女は、学校へと行く準備から一日が始まる。
着替えて、顔を洗い、髪を直し、歯を磨き、朝食。
学校の門の閉まる時間は八時三十分、学校までは二十分の道のり。
八時に家を出る、家の者は誰も居ないから、少女は何も言わずに家を出る。
両親が他界してからの三年間、悲しみは残っているけど、学校という空間が少女の寂しさ、悲しさを紛らわせてくれる。
だから、少女は涙を流すことはなくなった。
夢を見た、連日同じ夢を見る。
最初の夢は廃墟で寝ている自分の姿が見えた。
次の夢はそこに誰かが来た、姿はぼやけていて見えなかった。
その次の夢で、その人物が見えた。背に見える翼、少女は神話で出てくる天使だと思った。
そして、ちょうど一週間前から終わりまでを見るようになった。
天使が体を持ち上げる、部屋の中央の台座へと寝かせると暖かい光に体が包まれて、目覚める。
そして今朝、夢の物語に変化が生じた。
誰かの声が聞こえた。それは悲しさを持ちながらも、意思が篭った言葉だ。
―――誓おう。この身が滅びる前に、君を探し出し、伝えよう。俺の思いを、俺は、君の事を……。
言葉は終わりを告げた、そこで目が覚めてしまったからだ。
少女は残念に思う、天使の気持ちを聞きたかったからだ。
「でも、明日は聞けるよね、天使さん……」
風が吹く、制服のスカートが風に靡く。
少女は見た、天から落ちてくる一枚の羽根を。
鳥の姿なんて見えない、少女は羽根を掴む。空を漂っていた羽根は少女の手に吸い込まれるように、収まった。
懐かしさを感じる、鳥を飼った覚えはない。だからこそ、夢の中の天使を思い出した。
そして、少女の目の前に天使が居た。
誰も居なかったはずの場所に、佇む白き羽を持った青年の姿。
高鳴る鼓動を抑えきれない、掴んでいた羽をギュッと握る。
何を言おうか、そもそも言葉が通じるのか、でも、少女は天使を見て素直な言葉を告げた。
「…羽、綺麗…ですね」
風が吹く、天使の羽が数枚空を舞った。
それを少女は遠目に見つめる。
「君の、名は?」
「光る、光と書いてひかるって言います」
「光か、良い名前だ。私は、光にいう事がある、君を探しだすと誓った日から、伝えようと思っていた思いを、俺は、君の事を」
風が吹いた。
二人の姿はその場から消えていた、ただ、二枚の羽が空を舞っていた。
End