学校を卒業してから一年が過ぎた日の事だ。その日学校では卒業式、俺は智代を迎えに行っていた。智代が頑張った結果、切られることなく今年も満開の桜道を歩く。

卒業式自体は既に終っているのだろう。卒業証書を片手に、涙交じりの学生が俺の横を何人も通り過ぎていく。

 「もう一年か、早いな」

 一年前を思い出す。三年の時に智代と出会ってから、色々とあった学生生活を思い出して。

少し感傷的になったのだろう。卒業式の事などを思い出していた。

無事に卒業証書を受け取り、在校生が立ち並ぶ門までの道。見慣れた顔も数人、そこで忘れられたように立ち尽くす一人の年老いた教師。春原と顔を見合わせる、言葉なんかいらない、俺達は老教師へと駆け寄り、生涯一度きりの礼をした。

 「ありがとうございました!

 「ありがとうございました!

 涙なんてものはない。ただ一言だけの挨拶をしてから、俺達は恥ずかしさもあり走って門を出た。

 「卒業式も終わったし、最後の最後で遊びにでも行くか」

 「いや、遠慮する」 

 「はぁ?なんだよ岡崎、今日ぐらい付き合えよ、僕は明後日には家に帰らなくちゃ行けないし」

 「悪いが先約がいる、明日なら付き合ってやるよ」

 「いや、明日は部屋の掃除とか色々あるんだよ、それとも手伝ってくれるのか?」

 「いや、こたつで座って茶でも飲む」

 「手伝えよ、邪魔だよ、あんた何様っすか?!」

 春原を適当にあしらっていると、遠くから名前を呼ばれて振り返る。門の中。俺を呼んだ生徒の姿が眼に映る。声の主は智代だった。手招きで俺を呼んでいる、一度出てから戻るのは色々と嫌なので、手で場所を指すと頷きで返す。

 付いてこようとする春原に蹴りを加えて、倒れたところに止めと杏から借りた広辞苑を腹に落としておいた。

 「お、岡崎……ひど、い」

 最後に何かが聞こえたが止めを刺し損ねたと諦めて走り出す。

卒業生は元より、在校生さえいなくなった校舎。智代に合図を送ってから既に数時間。指定した場所は中庭で、直ぐに智代がやってきたが、生徒会の仕事があると直ぐにどこかに走り去ってしまった。

 春目前とは言えまだ寒い。生徒の姿もなく、窓の外は夕暮れ時で赤くそまっている。

 立ち止まって窓の外へと視線を送る。完全に沈み切ろうとしている夕日が何だか寂しく感じる。

 「朋也」

 名前を呼ばれて視線を夕日から声のした方に向ける。息を切らせている智代、どうやら俺を探して走って探していたようだ。額に浮かぶ汗に髪が張り付いている。その場で呼吸を整えている智代に近づき、張り付いた髪の毛を整える。

 「遅くなってすまない、卒業式の後始末などに時間が掛かってしまった」

 「いや、いいよ」

 智代は生徒会長だ、これから最高学年としても生徒会長としても忙しくなる。少しだけ意地悪をしてやろう、それだけを思って俺は後ろに向き直り歩き出した。

 「どうした?

 「いや、別に」

 わざとそっけなく対応する。

 後ろから聞こえる智代の声を無視して歩いていく。声は小さくなることは無い、後ろを向かなくても分かる、距離を少しだけ置いて智代は俺の後ろにぴったりとくっ付いて来ている。

 「朋也、どうして機嫌が悪い?待たせてしまったのは悪いと思っている」

 「そんな事じゃない」

 いい加減に、俺は笑いを堪えながら歩くのに耐えられそうになかった。

 足音だけが聞こえる。智代は口を開こうとはしない、沈黙が支配する廊下は完全に夕日が沈み暗い。

 智代の足音が聞こえなくなった。それで足を止める事は無い、そろそろ笑いではなく罪悪感が芽生え始めている。後ろを向こうか向かないか戸惑っている間に、駆けてくる足音と体に誰かが抱きつく、その温かみを感じる。

 見なくてもわかる、駆け出した智代が俺の腰周りに抱きついてきている。ギュッと、俺の腰の前面部で握られた智代の手には、放さないという意思が感じられた。

 「朋也……機嫌を直してくれ、私だって、朋也と一緒に居たかった」

 「違う、別に怒ってもいない…悪かった、少し悪ふざけが過ぎた」

 謝って、握られた智代の手に自分の手を添える。

 互いの呼吸だけが聞こえる真っ暗な廊下で、俺たちはキスをした。

 気がつけば桜道を抜け、一年前まで俺も在校していた学校の門があった。

帰らずに後輩と話す卒業生や、世話になった教師と話している卒業生の姿が見えた。

もっとも多く人だかりが出来ている中心に智代は居た。

男女問わずに智代に話しかけて、笑っている奴、涙を流している奴。それらが入り混じりながら、卒業した智代へと言葉をかけていく。途切れることの無い在校生からの言葉に、智代自身も涙を流しながら言葉をかけていく。

その輪に入ることは出来ない。俺は完全なる部外者だ、最後の最後、彼らの邪魔をすることはしちゃいけない。じっと、智代だけを見つめて待つ。

黙って見つめていると、智代が生徒たちに手を振りその場から走り去るのが見えた。

「おいおい……どうするかな」

口ではそんなことを呟きながらも俺の行動は決まっている。

まだ多くの生徒が残っている門から離れ、走る。

学校に忍び入ることなんて難しい事じゃない、塀を乗り越え人の有無を確認してから身を屈めて校舎の中に忍び込んだ。

夕暮れ色に染まる無人の廊下。

生徒は大半が家路に着き、教師も卒業式の後は仕事がないのか、早い時間にもかかわらず姿は見えない。

一年前は自分も通っていた学校の廊下。こんな光景は在校中でも見たことは数回だけだ、部活には入ってない俺がこんな時間まで学校に残る意味はない。

智代が教えてくれた三年の教室には誰も居なかった。卒業生が書き残した黒板の落書きを消して後にする。

「書く奴なんているもんだな、ドラマだけだと思ってた」

 誰に言うでもなく喋る。廊下から足音が聞こえたのは同時。机だけが並ぶ教室では隠れるところも無い。

「朋也」

屈んですぐにでも走り出せるように準備をしていると、聞きなれた声で名前を呼ばれた。それが、智代であることは明白だ。

「探したぞ、いきなり学校の中に戻るから」

「それは悪かった」

声色さえ変えない。本当に悪いと思っているのか怪しいところだ。考えている内に扉近くに居た智代の姿が無い。

「智代?待てって」

声を掛けて廊下へと出る。俺の声が聞こえてないのだろうか、止まる仕草さえない智代の背中は徐々に小さくなっていく。

「おーい、待てって!」

呼びかけるではなく叫ぶ。それでも智代の歩みは遅くなる所か止まる事も無い。仕方なく小走りで智代に近づく。二メートルほど離れて智代の背中を追う。

「智代?」

「なんだ」

そっけない言葉の返し。

「何、怒ってるんだ?」

「私は怒ってなど無い」

いつもの智代には見られないそっけない態度。

「俺、何かしたか?」

「何もしていない」

「じゃあ、何を怒ってるんだよ?」

「私は怒ってなどない、さっきから言っている」

どう考えても智代の態度は怒っている時としか思えない。だけど、俺との会話で歩く速度が少しずつ遅くなってきている。距離は一メートル近くまで迫っていた。

どこかで見た光景。デジャブ?デジャヴュ?どっちでもいいが、これの前は確か逆だった気がする。そうだ、一年前のあの時と同じだ。

「はぁ〜、一年前の事根に持ってるのか?」

「知らない」

頭を掻く。あの時智代が俺にしたことを必死で思い出す。

歩く速度を上げて、俺は智代の肩を覆うように智代を抱きしめた。二人の歩みが止まる。智代の呼吸が聞こえる、智代も俺の呼吸が聞こえるそんな距離だ。

「悪かった」

「言ったろう、私は怒ってなど無い」

声が少しだけ……笑っている、あぁ、やっぱり。

「はぁ、こんなところだけ子供っぽいのな?智代は」

「子供か、女も部類には入るか?」

「あぁ、こんなことするのは女か子供ぐらいしかいない」

そういって二人で笑う。

「一年前は俺もガキだったからな、好きな子虐めて楽しんでた」

「だが、今は逆だな」

肩にあたる頷きで肯定を示す。太陽が完全に沈みきる瞬間を二人で眺める。そして、どちらからか唇を近づけた。

「帰るぞ、腹減ったからな」

「腕によりをかけて作る」

「そうしてくれると嬉しい」

智代の体を離し、右手を強く握る。絶対放さないと言う意思表示。

二人の距離は少しだけ離れて歩くが、手を放す事は無い……。

 

End